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2016.06.07

【映画紹介】 『風は生きよという』

呼吸器から吹く風に乗り、つながりあう人と人との物語

 今から約30年前、アルプス子ども会に初めて車椅子で参加した「ひーちゃん」という女の子がいました。進行性筋萎縮症で、乳児期には寿命は3歳までと言われながら成長し、小学校低学年で親御さんから「夏の子ども会」参加の相談があった時は、二十歳まで生きられるかどうかと伝えられました。
 この映画は、39歳となった彼女を中心とする数名の障害者の生活と周囲を描いたドキュメンタリーです。昨秋来、全国各地で自主上映されて反響を呼び、大手メディアでも取り上げられて、いよいよ7月に東京・渋谷で劇場公開されます。
 高校を卒業するまで普通学級に通い、大学では24時間の介助を受けながらも自立生活を送っていた彼女は、就職できないという現実に襲われます。そこで、もがきながらも、自分が生きる意味を厳しく鋭く問い、その解を障害者の人権啓発や社会制度の整備に努めることに見出しました。そのために、困難があろうと重度障害者が社会に出て、人目にさらされることを実践します。
 彼女は母親から、①誰かのせいにしない ②兄弟を頼らない ③本気でやる の三つのことを叩き込まれて育ったそうです。自分が手伝ってもらえないのは、その必要性を誰かにしっかり伝えられないから等、「常に自分の態度に向き合わされる毎日」だったとか。唯一、他者のせいにできるのは「生きにくいのは社会の在り方が悪いからだ」ということ。「だから障害を引け目に思うことはない、他の子らと同じものを望んでいいのだ」、と言い続けられたのでした。
 上映後の監督とのトークイベントで、主人公・海老原宏美さんは「屋久島や富士山は元々は単なる島や山だけれど、人が(世界遺産という)価値を高めていくもの。障害者も同じ」と話されました。それを聞いた私には二つの思いが浮かびました。一つは、人命は地球よりも重いと言われながら障害者は屋久島や富士山よりも軽く扱われがちなこと、そして、人は屋久島や富士山の山中にいるだけでは、その価値を理解できないであろうことです。そんな状況をふまえての発言だと想像しますが、決して大上段から構えるのではなく、ゆったりと、柔軟に考え、行動する彼女の姿勢に感服しました。
 障害とは何か、内なる差別とは何かを改めて考えさせられるだけでなく、子育てや社会のあるべき姿についても教えられる作品ですので、ぜひ機会を作ってご覧くださればと願います。

動けなくなることで、見えてきたもの
風は生きよという』 宍戸大裕監督作品
最新上映情報はウェブサイト

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