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2010.09.09

子どもというもの  「第36回夏」閉幕に際して

 今年も「夏の子ども会」を終えました。41日間に子どもとリーダーが合わせて延べ約2,800名も参加しているため、毎日の生活の中にはさまざまなドラマがあり、とてもすべてが順調という訳には行きませんので、私の立場からはまさに「ようやく」終了することができたというのが毎年の実感です。
 駒ヶ根でも例年になく暑い日が最後まで続き、夕立や夜間の降雨はよくありましたが、テントキャンプと川あそびが中止になった組も体育館を使った組も全日程を通じて一つも無く、唯一ぬかるんだグラウンドを避けてD組(15日間コース)で市の全天候ドームを借りたのみ。川あそびに使う太田切川もちょうど良い水量が続き、大変天候に恵まれた夏だったと言えます。
 最終組が解散する8月30日、「せせらぎ村」10組の子どもが、帰りのバスに乗る前にキャンプノートの裏表紙に書き込んだ同じ班の子らの名を見ていて、そこに多分同じ班だと思われる子らが顔を寄せ合って何やら話していました。きっとこの五日間の出来事を一緒に確認していたのでしょう。その姿をカメラのファインダーに見つけた時、私はオリジナルソング「しあわせのカケラたち」を目の当たりにしたようでした。
 さて、この期間中に「小学生が初めて700万人を切った」という報道がありました。子どもの減少に伴い、当然ながら子どもという(生き)物を知らない大人が増えている訳で、例えば、実は子どもは想像以上に手がかかるものなのだとか、同時に、子どもだけでもできることはもっと沢山あるのだとかいったことが社会に理解されにくくなっている状況にあります。「子どもが児童公園で遊んでいてうるさい」と苦情が出たり、「おねしょをする子をキャンプに参加させて大丈夫か」と質問が寄せられたり、どちらも従来は誰もが許容していたことなのに、当然でないことになってきました。あるいは、親が何にでも手や口を出してしまいがちだったり、幼子の髪を染め流行を追った服で着せ飾ったりすることなども、大人が年齢相応の「子どもというもの」を理解していない表れでしょう。
 子どもにとっては大変な「生きづらさ」のはびこるそんな社会の中で、逆に私たちは会の活動を通して改めて子ども集団のもつ力に驚き、もっと彼らの役割をあてにする大切さを学んでいます。これまで「一人の例外もなく支え、守り合う関係」づくりをめざして、誰もが「ぼくがいるから君が楽しい」ということを実感できるような働きかけを心がけてきましたが、これからは子どもたちだけでなく、世の中の大人に対して「子どもというもの」を広報して行かねばならないと、思いを新たにしています。
 昨今、誰かに何かを委ねたり、任せたりすることが苦手になっている風潮が強まっていると感じますが、そのような中で、私どもをご信頼のうえお子さんをお預けくださいましたことに、改めて心より感謝いたし、終了のご挨拶とさせていただきます。

追伸 夏のアンケートで本欄へのご意見、激励等のメッセージをいくつもいただきました。確実に執筆意欲が増します。ありがとうございました。

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コメント

佐々木正美先生の「子どもへのまなざし」最終巻、「(完)子どもへのまなざし」が出ましたね。御存知でしたか?

新しそうなことは出尽くしているだろうに、懲りず「より新しいことを」ムーブメントが相変わらず流行っているようです。巷説。

この3部作を読んで、やはり新しいことは、故きを温める事からしか生まれようがないことがよく分かります。
こうした礎を崩してはいけませんね。古くさいと言われようがなんだろうが大切なもんは大切なんですね、やっぱり。だからこれからもリーダーたちに向けて常に発信していかなければならないし、ここでDが紹介されている本は最低でも読んでいることを求めたい。
その礎ありきの第36回無事終了だと思っています。是非100回を目指して邁進しましょう。まずそのための37回ですね。

投稿: 老足 | 2011.02.05 08:25

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