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2005.05.31

犯人を憎んだところで

 佐世保市の小学校で起きた小6同級生殺害事件から、明日で丸一年になります。当初、全国的に大きな話題になり、衝撃をもたらした事件でしたが、一般的な家庭からは想像しづらい事件が連日のように報じられるためか、すっかり頭の片隅に追いやられている人が多いと思います。私も、あってはならない事態に驚き戸惑いつつ、いつかは起こると思われていた事件が実際のものになった、「普通の」小学生が起こす事件ではないはずだ、などの感想を持ちましたが、最近は心の隅に引っ掛かったままになっています。
 どんな事件や事故でも、その原因を究明して具体策を講じることでしか、再発を防ぐことはできません。しかし、一般に、人の育ちに主因があると思われる場合、プライバシー保護の問題や、個々の事情が異なる非一般性のためだと思われますが、犯人の育ちのどこに問題があったのかが、具体的になかなか明らかにされません。いえ、再発防止の観点からはほとんど明らかにされないと言って良いでしょう。
 真相究明の妨げになっているものの一つには、犯罪人を憎んだり罰したりすれば問題解決につながると錯覚している人の多さが挙げられます。そのようなものは非当事者の「気が済む」程度のものであるのに、奈良女児誘拐殺人事件や寝屋川中央小教員殺傷事件などを伝えるニュースやワイドショー番組では、街頭インタビューでの「犯人が憎い」といった声が決まって流されるのです。一昨年7月に長崎市で起きた少年による幼児誘拐殺害事件の際には、こともあろうに鴻池特命大臣が「(加害者の)親なんか市中引き回しの上、打ち首にすればいい」とまで発言したくらいです。
 しかし、医療事故を起こした医師を憎み罰したところで、全国的には何の再発防止にもつながらないのが明らかなのと同様、そうした意見は、事件の解決と予防には邪魔なだけです。
 航空機事故では、その(VIPが多く乗っているという)重大性を重く見て、早くから「刑事罰より真相究明優先」の考えを取り入れて再発防止が図られてきたわけですが、「教育事故」とでも呼ぶべき子どもが絡んだ事件についても、難しい点が多いとしても、もっと因果関係をはっきりさせて定量的研究を進め、それを公の財産にしていく努力がなされるべきではないでしょうか。
 先の尼崎列車事故でも、ふた昔前ならば運転士の過失が強調されるところですが、それよりも、その行動を惹起した教育や研修の内容が問われるようになりました。この点では社会が進歩していることを実感します。
 冒頭の事件では、地元長崎新聞社がずっと報道していますので、紹介します。http://www.nagasaki-np.co.jp/press/syou6/

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コメント

誠に勝手ながら記事5本だけ書いて夏以降再開せず、本当に申し訳ありませんでした。長らくお待たせいたしましたが、またよろしくお願いいたします。

投稿: 綾崎 | 2005.05.31 12:29

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